六文銭(R)真田十勇士携帯ストラップ

私見・真田十勇士という虚像が完成するに至った経緯の考察

 
 そこのあなた。
 まさか真田幸村の手足「真田十勇士」が実在していたなんて思ってないでしょうね!?
 
 真田十勇士は大正期に書かれた講談本『立川文庫』に登場する、架空の忍者軍団です。
 ではなぜ、この「実在しない者達」が誕生したのでしょうか?
  1. 真田郡の山中では修験道が盛んだった。
    修験者は諸国往来が割と自由にできたので、忍者的な活動が容易にできた。
    ここから「真田=修験者=忍者」という発想が生まれた。
  2. 武田信玄の「弟子」である真田昌幸パパは、忍者による情報収集に長けていた…らしい。
    (どれくらい情報収集能力があったかというと、九度山蟄居中に真田紐の行商に見せかけた「草」、つまり忍者を放ち、諸国の情勢を探らせた…なんてネタが創作できるくらい)
  3. 信繁(幸村)が奇襲と攪乱戦法を多用したので、その「駒」として忍者軍団の存在が想定された。
  4. 「信繁には影武者がおり、大阪城で死んだのは影武者の方。本物は豊臣秀頼とともに西国に落ち延びた」…という、いわゆる「秀頼生存説」に絡んだ噂が、夏の陣直後からあった。
    (この影武者の数がいつの間にか3人、6人、8人と増え、最終的に10人に)
  5. 江戸期に書かれた「真田三代記」に、猿飛佐助と海野六郎以外の8名が(少々名前に差違があるものの)幸村の部下として記載されている。
    「真田三代記」は史書と言うには考証がいいかげんな「小説」だが、読み物としておもしろいらしく、広く流布してしまった。
    そのため「真田に影の忠臣あり」が通説と化した。
  6. 出雲の武将尼子氏の傘下に「尼子十勇士」と賞される能臣がいた。
    この「十勇士」という言葉の響きが、信繁(幸村)の優秀な配下のイメージと重なった。
  7. 架空の人物達を添えることによって、読者の感情移入がうながされる。
    それによって、本の売り上げがUP…ぢゃなくて(爆)
    読者は、徳川をこてんぱんに熨した{前科3犯。神川合戦(徳川軍潰走)、第二次上田合戦(秀忠足止め事件)、大阪夏の陣(家康本陣総崩れ)}真田というヒーローを、身近に感じることができる。
    (三国志演義における「絶世の美女・貂蝉」や「関羽の忠臣・周倉」と同じですな)
こんな感じでしょうか。

 なお、十勇士の内「海野六郎」「望月六郎」「根津甚八」は、真田氏の縁戚に当たる「海野氏(ここが真田の本家)」「望月氏」「根津氏」から名字を拝借しているものだと思われます。
 夏の陣で信繁の軍にいたとされるもののふの中にも、この3つの姓を名乗る者がいたと言うことです。
 ついでに。
 俳優の根津甚八さんは、十勇士の「根津甚八」から芸名をイタダキされたそうです。
 
 
十勇士キャラクタ簡易解説
(画像は六文銭®携帯ストラップの絵柄サンプルを、販売元の許可を得て利用させて頂きました)
画像をクリックすると拡大されます。
真田幸村真田幸村 (1567〜1615)
本名は信繁。信濃上田城主・真田昌幸の次男。
「幸村」の名は九度山蟄居中に名乗ったとも、後世の創作とも言われているが、定かでない。
確かなことは、本人はこの名を名乗ったことがないということだけ。
大阪夏の陣において豊臣方の将として、深紅の鎧をまとい出陣。
徳川家康を三里も敗走させ、切腹を覚悟させた。
結局は後詰のない豊臣軍は全滅し、幸村も疲労の為に休んでいるところを西尾宗次に討たれた。
後年、家康は持病の腹痛を「真田(寄生虫サナダムシ)のセイ」と思い込んでいたという。
サスケ猿飛佐助
架空の人物で、甲賀忍者。
信州・鳥居峠の麓付近で生れ、山中で猿を相手に育った。小柄ですばしっこい。
サイゾウ霧隠才蔵
大阪冬の陣で活躍した忍び「霧隠鹿右衛門」をモデルにした架空人物。
伊賀忍者。
セイカイ三好晴海入道
五十人力を称する大入道。
猿飛佐助とコンビを組んで諸国を漫遊した。
架空の人物
イサ三好伊三入道
晴海の弟。出羽国亀田城三好三人衆の後裔だが敗走し、由利鎌之助と山賊に堕ちていた。架空の人物。
ウンノロクロウ海野六郎
真田家と同族の滋野一党宗家・海野家出身の智慧者。
実在したか否かは不明。
コスケ穴山小助
『真田三代記』に名がある。
武田信玄の重臣・穴山梅雪の甥というふれこみだが定かでない。
幸村の影武者。
カマノスケ由利鎌之助
天下無敵の鎖鎌の使い手。
『真田三代記』に名が出てくるが、実在は疑わしい。
ウンノロクロウ筧十蔵
豊臣譜代の蜂須賀家の家臣であったが幸村に心酔し、臣下に。
おそらく架空の人物だが、資料が少なく、詳細は不明。
ジンパチ根津甚八
真田家と同族の滋野一党に禰津氏があるが、そこから連想されたと思われる人物。
鎌之助の喧嘩友達。
カマノスケ望月六郎
『真田三代記』に、幸村の影武者として名が出てくる。
滋野一党・望月氏の出か。
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